本文へ移動

研究総括 健康経営と人的資本経営

健康経営の評価は、企業の何を測っているのか

人的資本経営との違いから、一連の分析を読み直す

公開 最終更新 執筆 横川 暢(産業医・gezellig産業医事務所 代表)

このレポートの要点

健康経営の評価は、制度が求める仕組みや説明に沿った回答・記載と対応していました。評価の高い企業ほど、健康にかかわる仕組みを組織に届け、確かめ、外に説明していると回答・記載していました。一方で、働き方の実績や人的資本の広い領域(キャリア・育成を含む)とは、部分的にしか対応していませんでした。これは、これまでに公開した6本の分析を読み直した結論です。対象は、ブライト500、ホワイト500の2本、認定と勤務実績、公開情報の一致、施策と勤務実績の各分析です。

健康経営の評価は、人的資本の総合点として読まず、制度が求める仕組みや説明への対応を確認する目安として用いる。実際の運用や成果は、評価とは別に確かめる。そう区別すれば、評価は経営の判断に使える材料になると考えます。新しい統計解析は加えていません。どの結果も観察データの関連で、健康の改善や企業価値への効果は示していません。

  • 上位の認定の境目は、施策の数より、組織への浸透・効果の確認・社外への説明で分かれていました。
  • 有休取得率を記入した法人での調整差で見ると、認定の有無と有休取得率には約3ポイントの対応がありました。上位の区分や多くの施策と勤務実績の対応は、確かめられませんでした。
  • 認定と人的資本の指標の関係は一様でなく、男性の育休取得率とは正、女性管理職比率とは負の関連が見られました。後者は給与と年齢をそろえると弱まりました。
  • 約52%と57%ブライト500の境界付近の比較で、配点で重み付けした側面の差のうち新設の浸透・風土が占めた割合
  • +3ポイント前後有休取得率を記入した法人での調整差(認定のある法人とない法人。中小3.29、大規模3.22)
  • 28.2%対3.8%保育の支援を記載していた上場法人の割合(しょくばらぼと、有報の対象の欄。推定)。施策の記載は資料で大きく違う
  • 4段階認定・施策の実施・制度の利用・成果を分けて評価する

二つの言葉が指すもの

健康経営と人的資本経営は重なりますが、同じものではありません。

健康経営は、従業員の健康を経営の課題として扱う取り組みです。日本では、経済産業省の健康経営優良法人の認定と、大規模法人部門の評価に使う健康経営度調査という評価の制度があります。人的資本経営は、人材を価値を生む資本とみて、その育成や配置を経営の戦略と結びつける考え方です。上場企業では、有価証券報告書の人的資本の記載が、その開示の場になっています。

二つが重なるのは、働く人の健康が、人材が力を発揮するための前提になるからです。一方で人的資本の領域には、キャリアの形成・育成・多様性・報酬・エンゲージメントなど、健康以外の要素も多く含まれます。健康経営の評価が高い企業は、人的資本経営でも進んでいるのでしょうか。この論考の問いは、健康経営の評価(認定や総合点)が企業の人的資本にかかわる取り組みや成果をどこまで代表しているかです。

一連の分析で分かったこと

まず、これまでの分析の問いと主な結果を並べます。各分析の詳しい方法と限界は、それぞれのレポートにあります。

一連の分析の問いと主な結果
分析問い主な結果言えないこと
ブライト500の入れ替わり(中小)何で入れ替わったか前年に境界の近くにいた法人で、新設の浸透・風土の2側面が、配点で重み付けした側面の差の約52%(新しく入った法人と入らなかった法人)と約57%(外れた法人と残った法人)健康の改善
ホワイト500の境界(大規模、5年分)境界を越えた会社に何が見えたか健康教育の参加カバー率の伸びが9.9ポイント対2.5ポイント因果
ホワイト500の入れ替わり(大規模)どの評価項目で入れ替わったか設問が大きく変わった項目で入れ替わり(順位相関0.59と0.77)原因
認定と勤務実績認定は働き方と対応するか有休取得率を記入した法人での調整差で、認定法人が中小3.29ポイント、大規模3.22ポイント高い。上位区分は確かめられず認定の効果
公開情報の一致資料で見え方は変わるか男女賃金差異と女性管理職比率の相関は0.95〜0.97、施策の記載は片方の資料にだけ書かれることが多い(保育の支援はしょくばらぼ28.2%、有報の対象の欄3.8%)制度の有無と利用
施策と勤務実績施策に分けると対応は明瞭か法定を上回る育児休業の記載と男性の育休取得率(4.70ポイント)などが残り、有休・残業・保育は明瞭でない施策の効果

人的資本の指標を使った分析は、上の6本のもとになった大規模法人の分析の一部です。指標には、キャリア・育成の記載、有報の男性の育休取得率と女性管理職比率、gBizINFOの認定・表彰を使いました。対象と方法は、末尾の「もとにした分析と資料」に記します。

並べてみると、二つの傾向が見えます。評価は、組織の中の仕組みと、それを外に説明することに沿った回答・記載とよく対応していました。他方で、評価と働き方の実績との対応も、評価と人的資本の広い指標との対応も限られていました。

評価は、どんな回答・記載と対応しているか

評価の高い企業では、組織への浸透・効果の確認・社外への説明にかかわる回答や記載が多い結果でした。

中小規模法人部門のブライト500では、前年に境界の近くにいた法人どうしを比べています。2026年に新設された「組織への浸透」と「健康風土の把握」は、配点で重み付けした側面の差の約52%と約57%を占めていました。前年に501〜1500位帯だった法人では、翌年新しく入った138法人と入らなかった732法人の回答を比べました。効果をストーリー立てて説明する記述を発信していると答えた割合は新しく入った法人の方が高く、61.6%対37.7%でした。この回答は申請書への自己申告です。大規模法人部門のホワイト500では、境界を越えた会社で健康教育の届く範囲が1年で広がっていました。経営会議で扱う健康経営の議題も多く、2024年認定では8項目中7.0対4.1でした。2026年のホワイト500の入れ替わりは、設問が大きく変わった評価項目で起きていました。

施策の記載でも同じ傾向が見えます。しょくばらぼに記述のある大規模法人では、認定法人の方が健康関連の施策を多く記載していました。書く量の違いを考えても、この関連は残りました。ただし上場法人の有報の記載で同じ計算をすると、書く量を考えた推定では向きが逆になり、区間は0を含む結果でした。資料を替えても再現するとは確かめられていません。

評価制度は、その年の設問で重点を動かしています。評価は、制度が求める仕組みや説明への企業の対応をとらえていると読めます。ただし、評価は実際の運用や成熟度を独立に確かめたものではありません。調査票と公開の記載は同じ制度を扱うことが多いので、関連の一部は評価制度の作りそのものから生じています。回答や記載が評価と対応することは、仕組みが成果を生むことと同じではありません。

働き方の実績とは、どこまで対応しているか

仕組みが整っていることと働き方の実績が良いことは、重なる部分もありますが、同じではありませんでした。

有休取得率を記入した法人の間で、業種・規模などをそろえて比べました。認定の有無で、中小は3.29ポイント、大規模は3.22ポイントの差がありました。残業時間は差を検出できませんでした。上位の区分のうち中小は、実績を記入した法人が少なく判定できませんでした。大規模ではホワイト500の有休取得率が2.39ポイント高いものの、事前に決めた基準にはわずかに届いていません。

施策ごとに見ると、主な標本では、書く量の扱いや他の施策の調整を変えても関連が残る組がありました。一つは法定を上回る育児休業の記載と男性の育休取得率の組です(書く量を考えて4.70ポイント)。もう一つは、家族との両立の記載の種類数と男性の育休取得率の組です。種類数には育児休業の延長の記載も含まれるので、この2組は独立した裏付けではありません。ただし上場法人に限った推定や、有報の記載で書く量を考えた推定では、この2組も区間が0を含みました。有休の取得促進・残業削減・保育の支援は、書く量を考えると関連が明瞭ではありませんでした。

総合偏差値と実績がそろう認定法人では、施策の記載が総合点より実績をよく予測する証拠は得られませんでした。これは辞書を直す前の判定による参考結果です。6つの条件のうち4つでは、どちらを足しても予測の上積みはごく小さい値でした。未認定の法人を含む全体には当てはめられません。

有休や残業は、制度があるかより、職場の業務量や人員、管理職の関わり方に左右される面が大きいのかもしれません。この点は今回の分析では測っていません。評価の高さや施策の記載から職場の実績を推し量るのは難しく、実績は実績として測る必要があります。

人的資本の広い領域とは、どう対応しているか

健康経営の評価と人的資本の指標の関係は、指標によって向きも強さも違いました。

しょくばらぼに記述のある大規模法人で、キャリアや育成にかかわる5種類の施策のうち記載が見つかった種類の数を比べました。業種・規模・地域と書く量をそろえると、認定法人と未認定の法人の差は0.0111種類でした(区間 −0.0180〜0.0401)。はっきりした差は確認できませんでした。書く量をそろえなければ0.0935種類多く、差の多くは書く量の違いと重なっていました。同じであることを示した値ではありません。

上場法人の有報の値では、男性の育休取得率を育児休業等だけを数える根拠にそろえて比べました。認定法人の方が10.46ポイント高い結果でした。しょくばらぼの値で見た別の分析では、平均給与と年齢をそろえると、差は8.50ポイントから6.51ポイントに縮みました。それでも区間は0を含みませんでした。

女性管理職比率は逆の向きでした。有報の値で、認定法人の方が1.28ポイント低い結果でした(区間 −2.23〜−0.33)。有報の値では給与と年齢をそろえた計算はしていません。しょくばらぼの値で見た別の分析では、給与と年齢をそろえると差が縮みました。差は −1.18ポイントから −0.50ポイントになりました(区間 −1.39〜0.39)。給与や年齢が関連に先立つ要因なのか、途中の経路なのかは区別できないので、そろえた後の値を本当の差とは読めません。

国の法人情報(gBizINFO)の記録では、認定法人は人事系の認定・表彰の種類が0.41種多い結果でした。人事と関係のない認定・表彰の数も0.16多い値でした。二つの数は数え方が違うので、差の大きさは比べられません。認定や表彰を広く受ける法人がある、という見方と矛盾しない結果です。ただし、過去の年度の記録や記録の範囲の違いも含むので、実際の取得の傾向を確定したものではありません。

こうした結果から、健康経営の評価が高いことを、人的資本全体の水準が高いことの代わりに使うのは難しいと考えます。キャリアや育成で差が小さいことは、健康経営の欠点ではありません。もともと健康経営の評価が測ろうとしている領域ではないからです。

どの資料で測るかで、見え方は変わるか

健康経営と人的資本経営の関係を公開情報で論じるときには、資料によって企業の見え方が変わることにも注意が要ります。

同じ上場法人について、男女の賃金差異や女性管理職比率のような数値は、しょくばらぼと有報でほぼ同じ値でした。一方、どの施策を実施しているかの記載は、資料によって書かれる量も中身も違っていました。片方の資料にだけ書かれる施策が多くありました。言語モデルで文書を読み直して判定しても、この傾向は変わりませんでした。しょくばらぼには時間や家族との両立の施策が、有報にはキャリアや育成の施策が多く書かれていました。

健康経営は健康関連の欄に、人的資本経営は人材戦略の欄に書かれやすい。この書き分けそのものが、二つの概念の重なりと隔たりを映しているとも読めます。資料の選び方も、健康経営と人的資本経営の関係の見え方に影響しうる要因です。

段階を分けて評価する

ここまでの結果から、健康経営は段階を分けて評価するのがよいと考えます。認定・施策の実施・制度の利用・成果を分ければ、評価を経営の判断に使えます。

健康経営を評価する4つの段階
段階何を見るか公開情報で分かること社内で測るもの
認定・評価評価制度の順位や区分認定一覧、評価結果、フィードバックシート自社の回答と、その根拠の記録
施策の実施制度があり、対象者に案内されているか記載の有無(資料によって変わる)制度の規程、周知の範囲
制度の利用対象者が実際に使ったか一部の実績(有休取得率、男性の育休取得率など)利用者数、利用できない職場、利用しなかった理由
成果健康と働き方が良くなったかほとんど分からない健診、休業、離職、仕事の遂行など、課題に合わせた指標

一連の分析で確かめたのは、認定と評価、施策の公開の記載、一部の利用と勤務実績です。記載から施策の実施を確定したわけではなく、健康や働き方が良くなったかも確かめていません。自社の成果を評価するには、社内のデータなどで対象と定義をそろえ、時間を追って確かめる必要があります。

企業価値についても同じことが言えます。健康経営銘柄の企業を調べた別の分析では、選ばれた企業は選定の前から同業・同規模の企業よりROEが高い結果でした。選定の後に株価が市場平均を上回ったという証拠は、見られませんでした。評価が高いことと成果が出ていることは、分けて確かめる必要があります。

段階を分けると、評価制度との付き合い方も変わります。1段目と2段目の改善は、評価制度の重点に合わせて進めやすい領域です。3段目と4段目は、自社の課題に合わせて、自社で指標を決めて測る領域です。前者だけを追うと、点数は上がっても職場が変わったかは分かりません。

産業医は、どこに関与するか

産業医の役割は、認定の点数を上げることではありません。健康の課題と経営の課題をつなぎ、何を測るかを決めることにあると考えます。

  • 法令にもとづく健康管理(健康診断後の措置、長時間労働者の面接指導など)が機能していることを、評価の前提として確かめます。
  • 自社の健康課題を人材の確保・休業・仕事の遂行といった経営の課題と結びつけ、どの段階の何を指標にするかを決めます。
  • 評価制度の重点の変化は、自社の課題と重なるところで取り組みの順序を決める手がかりに使います。重ならないところでは、自社の課題を先に置きます。

健康経営の評価は、経営の判断の材料であって、目的ではありません。仕組みや説明への対応の目安を評価で確かめ、成果は自社の実績で確かめる。この二つを分けることが、健康経営を人的資本経営の一部として生かす近道だと考えます。

この論考の限界

  • 新しい統計解析は加えていません。各結果の限界は、元のレポートにあります。
  • どの結果も観察データの関連で、因果は示していません。勤務実績の比較は一時点の公開記録にもとづき、年度・対象の従業員・算定の根拠は十分にそろっていません。有休・残業・男性の育休は健康経営度調査でも尋ねられる指標で、関連には評価との重なりも含まれえます。
  • 健康状態、仕事の遂行、企業価値への効果は測っていません。
  • 公開データの掲載や記入には企業の選択があり、認定法人ほど実績を記入する傾向があります。結果は実績を公開した法人での関連に限られます。未記入の法人の値しだいで群の差は0になりうるので、企業全体にはそのまま広げられません。
  • 2027年の評価結果と公開データが出たら、同じ手順で確かめ直します。

もとにした分析と資料

新しい統計解析は加えていません。各分析は観察データの関連を示すもので、健康経営の効果を示したものではありません。

健康経営を、自社の経営課題とつなげて設計します

認定の評価と、施策の利用や成果を分けて、自社の健康課題と経営課題に合わせた指標と評価の体制を一緒に考えます。健康経営を組織・経営の課題につなげるご相談をお受けしています。

お問い合わせ