健康経営 データ分析 上場法人
同じ企業でも、公開資料によって健康経営の見え方は変わる
上場約1,900社のしょくばらぼと有価証券報告書を照合して
このレポートの要点
上場法人について、二つの公開資料を法人番号で照合しました。厚生労働省の職場情報総合サイト(しょくばらぼ)と、有価証券報告書(有報)です。男女の賃金差異や女性管理職比率のように定義の決まった数値は、二つの資料で近い値でした。一方、どの施策を実施しているかの記載は、資料によって書かれる量も中身も違いました。たとえば保育の支援を記載していた法人は、しょくばらぼでは28.2%でした(95%信用区間23.2〜37.6%)。今回読んだ有報の欄では3.8%です(3.5〜12.3%)。しょくばらぼに書いた法人のうち、有報の対象の欄でも確認できたのは9.2%、約1割です(7.0〜26.4%)。どれも抽出した法人からの推定で、有報の側は上に幅があります。資料によって、確認できる施策が異なります。
- 男女の賃金差異と女性管理職比率は、9割近くの法人で二つの資料の値の差が1ポイント以内でした。
- 5つの施策のどれでも、片方の資料にだけ書かれた法人が、両方に書かれた法人より多くいました。多くの施策で、しょくばらぼにだけ書かれる側に偏っていました。
- 一致度(κ)の点推定は低い値でしたが、記載率の差が大きい施策では κ の上限そのものが低くなります。言語モデルで文書を読み直した判定でも、傾向は変わりませんでした。
- 0.953男女の賃金差異の、二つの資料の値の相関(1,786法人。差が1ポイント以内87.0%)
- 0.968女性管理職比率の、二つの資料の値の相関(1,660法人。差が1ポイント以内85.8%)
- 28.2%対3.8%保育の支援を記載していた上場法人の割合。しょくばらぼ(95%信用区間23.2〜37.6%)と、有報の対象の3欄(3.5〜12.3%)
- 9.2%しょくばらぼに保育の支援を書いた法人のうち、有報の対象の欄でも確認できた割合(95%信用区間7.0〜26.4%)
比べた資料と法人
しょくばらぼは、企業が自ら選んで記入する職場情報の公開サイトです。施策についての記述は、両立支援の取組事例などの自由記述が中心です。有価証券報告書は金融商品取引法にもとづく法定の開示で、人的資本に関する記載欄があります。二つは書く欄も、想定する読み手も違います。
対象は、しょくばらぼに掲載された従業員301人以上の法人のうち、上場している1,941社です。すべて法人番号で有報と結び付けられました。数値の比較には、このうちホワイト500・一般認定・未認定の3群1,890社を使いました。指標ごとに、両方の資料に値がある法人を選んでいます。施策の記載の比較は、しょくばらぼに記述があり、有報のテキストが得られた1,560社です。評価結果だけが公表されている少数の法人は除いています。
有報の数値は、金融庁のEDINET APIで取得した提出会社単体の値です。決算期末は主に2026年3月で、しょくばらぼとは対象の年度が1年ずれる法人がありえます。有報のテキストは三つの欄から取りました。サステナビリティの記載、人材戦略の基本方針、従業員の状況です。有報全体を読んだわけではありません。以下、施策の記載について「有報」というときは、この三つの欄(今回の対象の欄)を指します。
数値の近さと算定根拠による違い
定義が決まった数値は、資料が違っても近い値が書かれていました。男女の賃金差異は、両方に値のある1,786社で相関(1に近いほど二つの値がそろう)が0.953でした。差が1ポイント以内の法人は87.0%です。女性管理職比率は1,660社で相関0.968、差が1ポイント以内が85.8%でした。
ただし、数値なら一律に一致するわけではありません。男性の育休取得率は、算定の根拠によって一致の度合いが変わりました。有報で育児休業等だけを数える根拠(育児・介護休業法施行規則の第1号)を使う法人では、718社で相関0.845でした。育児目的休暇も加える根拠(第2号)を使う90社では、相関は0.280でした。しょくばらぼの値は有報より平均14.62ポイント低くなっていました。しょくばらぼに別の根拠や別の年度の値が混ざっている可能性があります。
各群の上場法人全体を分母にすると、第2号だけを使う法人はホワイト500で27.9%、未認定で9.0%でした。根拠をそろえずに群を比べると、定義の差が結果に入ります。また、男性の育休取得率を記入している法人は、しょくばらぼでは有報の約半分にとどまります。ホワイト500で41.8%対93.8%、未認定で46.5%対89.7%です。
施策の記載はどれだけ一致するか
どの施策を実施しているかの記載は、同じ法人でも資料ごとに違いました。施策ごとに資料に記載があるかを語の辞書で判定し、二つの資料の判定がどれだけ一致するかを一致度(κ)で測りました。κ は偶然の一致を除いた一致の度合いで、0は偶然と同程度、1は完全な一致です。
1,560社での κ は有休の取得促進が−0.032、法定を上回る育児休業が0.068、テレワークが0.153でした。最も高いフレックスタイムでも0.273です。記載の有無が一致した法人の割合そのものは、主な施策でおおむね6〜8割あります。これは、両方とも記載のない法人が多いためです。たとえば介護休業の延長などは、上場1,941社で一致率が8割を超えても、κ は0.04程度でした。
辞書の読み取りの誤りで一致が低く見えているのか
この結果を公表する前に、辞書の読み取りの誤りで一致が低く見えている可能性を確かめることにしていました。
確かめた施策は、有休の取得促進・残業削減・法定を上回る育児休業・保育の支援・テレワークの5つです。上場1,560社は、辞書の判定の組み合わせ(両方あり・片方だけ・両方なし)ごとに無作為に抽出しました。非上場の法人は、辞書の陽性・陰性ごとに無作為に抽出しています。区分ごとに抽出の割合が違うので、母数に応じて重み付けして推定しました。
選んだ451社の文書724件を、辞書の結果と抽出の理由を伏せて、言語モデルで一件ずつ判定し直しました。一部の文書は別系統の言語モデルでも独立に判定し、結果を比べています。人が全件を読んで確かめたものではありません。二つのモデルの判定がそろっても、同じ読み違いを共有している可能性は残ります。有報は、対象の三つの欄のうち、休暇・労働時間・育児・在宅勤務などの語を含む文の周辺だけを読み直しました。その語を使わない書き方や、三つの欄の外の記載は確かめられていません。
読み直した判定で測った κ の点推定は、いずれも低い値でした。有休の取得促進0.029、残業削減0.094、法定を上回る育児休業0.101、保育の支援0.102、テレワーク0.097です。ただし、施策ごとの標本は60社です。95%信用区間は残業削減で−0.110〜0.372と広く、母集団の一致度を細かく推定できたわけではありません。辞書の結果を伏せて読み直しても κ の点推定は低いままでしたが、対象語による取りこぼしは残ります。
κ の値だけで、記載がほとんど一致しないとは言えません。二つの資料の記載率が大きく違うと、κ がとりうる最大値そのものが下がるからです。保育の支援では、記載率を固定したときの κ の上限は約0.18でした。そこで、同じ法人の記載を「両方にある」「片方だけにある」に分けて見ました。
| 施策 | しょくばらぼ | 有報 | κ(読み直し) | κ の上限 |
|---|---|---|---|---|
| 有休の取得促進 | 37.6% | 25.0% | 0.029 | 0.71 |
| 残業削減 | 21.3% | 19.1% | 0.094 | 0.93 |
| 法定を上回る育児休業 | 22.3% | 7.7% | 0.101 | 0.45 |
| 保育の支援 | 28.2% | 3.8% | 0.102 | 0.18 |
| テレワーク | 45.7% | 28.7% | 0.097 | 0.65 |
κ の上限は、二つの記載率を固定したときに κ がとりうる最大値です。
以下の内訳は点推定です。5つの施策のどれでも、両方の資料に書かれた法人は上場1,560社の約3〜15%でした。片方にだけ書かれた法人のほうが多くいました。しょくばらぼに記載があった法人のうち、有報の対象の欄にも記載があったのは、保育の支援で約1割でした。法定を上回る育児休業では約1割半、有休の取得促進・残業削減では約3割弱、テレワークでは約3割半です。保育の支援と法定を上回る育児休業は、記載率の差が大きく、κ の上限も低い施策です。有休の取得促進・残業削減・テレワークは、κ の上限が0.65〜0.93あります。それでも、読み直しによる κ の点推定は0.03〜0.10でした。今回の推定では、記載率の差だけでは説明できない食い違いが示唆されます。
ただし、有報の欄にも記載があった割合の95%信用区間は広く、施策の間の細かな順位は確定できません。区間は保育の支援で7.0〜26.4%、有休の取得促進で15.8〜46.9%、残業削減で12.8〜52.1%です。保育の支援の有報の記載率も、点推定は3.8%ですが、95%信用区間は3.5〜12.3%と上側に広がります。抽出した法人で有報の記載が見つからなかった区分でも、真の割合が0とは限らないためです。それでも、しょくばらぼの記載率(23.2〜37.6%)との差ははっきりしています。これらの区間は、読み直しの判定を固定し、指定した事前分布のもとで推定した不確かさです。判定そのもののばらつき、対象の欄や対象語の外の見落とし、言語モデルの系統的な読み違いは含みません。
辞書の精度も確かめました。しょくばらぼの辞書は、有休の取得促進を除いて取りこぼしが少ない結果でした。有報の辞書は、残業削減と法定を上回る育児休業で取りこぼしが多くありました。感度(記載がある文書のうち辞書が見つけた割合)は0.35と0.37です(上場1,560社での推定)。そのため有報の記載率は、辞書で数えた値より高くなります。上の表と図の記載率は、読み直した判定による推定です。
資料ごとに書かれやすい施策
しょくばらぼには時間や家族との両立の施策が、有報にはキャリアや育成の施策が多く書かれていました。
辞書で検出した記載率を、単純に平均して比べました。時間・柔軟性・家族・治療にかかわる健康関連14種は、しょくばらぼ25.2%、有報8.0%でした。キャリア・育成6種はしょくばらぼ5.0%、有報25.2%で、向きが逆になります。たとえば研修・教育訓練の記載率は10.0%対60.1%、3歳を超えて使える短時間勤務は47.7%対6.0%でした。これらすべての種類の辞書の精度を独立に確かめたわけではありませんが、偏りの向きははっきりしています。
書く量も、検出される施策の数に関係していました。17種の記載数と文字数の相関は、上場1,941社でしょくばらぼ0.736、有報0.406でした。この相関の計算には、文字数に1を足して対数をとった値を使いました。しょくばらぼに記述のない法人は0字として含めています。しょくばらぼの文字数の中央値は、ホワイト500が未認定の約17倍で、有報では約2.4倍です。認定法人ほどしょくばらぼに多く書き、多く書く法人ほど施策が多く見つかる関係があります。
二つの開示は、書く欄も読み手も違います。しょくばらぼは両立支援の欄が中心で、有報は人材戦略の文脈での記載です。同じ企業でも、どの面を見せるかが資料によって変わると考えられます。
この結果をどう読むか
定義と記入欄が決まった数値は、二つの資料で近い値でした。施策の記載は、何を書くかを企業が選ぶので、資料によって見え方が変わります。片方の資料にだけ書かれる傾向は、文書を読み直しても残りました。
公開情報で企業を比べる場面は増えています。健康経営の認定の評価やESGの評価、取引先の調査、求職者による比較などです。どの資料を使うかで、観測される施策の種類や記載の割合が変わり、企業の評価にも影響しえます。たとえば保育の支援は、しょくばらぼだけを見れば対象の上場法人の3割近くが記載しています。今回の有報の対象の欄だけを見れば、4%弱です。今回測ったのは記載の有無で、個別の企業の評価の結論がどれだけ変わるかまでは確かめていません。
記載がないことは、制度がないことを意味しません。記載があることも、制度が使われていることを意味しません。公開情報で企業を評価するときは、どの資料のどの欄の情報かを明示し、複数の資料を突き合わせる必要があると考えます。
産業医として最初に確かめること
外からの見え方を整える前に、自社の公開情報が社内の制度と運用の実態とずれていないかを確かめることが先です。
- しょくばらぼ・有報・統合報告書・健康経営の開示で、同じ施策の名前と範囲(対象者や適用条件)がそろっているかを確かめます。
- 男性の育休取得率のように、算定の根拠で値が大きく変わる指標について、どの根拠で算定したかを明記しているかを確かめます。
- 記載している施策が、実際に対象者に使われているかを確かめます。
開示の食い違いをなくす作業は、外への説明のためだけでなく、社内で施策の実態をつかむ作業にもなります。
この分析で言えること、言えないこと
- 記載の有無を比べたもので、制度の存在や利用は確かめていません。
- 二つの資料の対象年度はそろえていません。有報の数値は提出会社単体ですが、しょくばらぼにはグループを含む範囲が書かれていることがあります。同じ法人番号でも、集計の対象が一致するとは限りません。
- 辞書の判定には誤りがあり、有報では取りこぼしの多い施策があります。読み直しの判定は言語モデルによるもので、施策ごとに60社の標本のため区間は広くなっています。
- 有報は、休暇・労働時間・育児・在宅勤務などの語を含む文の周辺を読み直しました。その語を含まない書き方は評価できません。
- 施策の記載の比較は、しょくばらぼに記述のある上場法人に限った結果で、中小企業には広げられません。
- 文字数は、制度の豊富さと書く量の両方を含みます。
- 有報は三つの欄だけを対象にし、読み直しではその中の対象語の周辺だけを読みました。有報の他の部分に書かれた施策は、記載なしと判定されています。
- κ は記載率の差の影響を受けるので、記載率と「両方にある・片方だけにある」の内訳と合わせて読む必要があります。
集計の方法と出典
集計の方法
- 材料と照合: しょくばらぼ(2026年10月8日版)には、従業員301人以上の法人が15,374社掲載されています。このうち上場の1,941社を、法人番号で有報と結びました。有報の数値は金融庁のEDINET APIで取得した提出会社単体の値です。範囲外の値は単位の登録誤りとみて欠損にしました。
- 数値の比較: ホワイト500・一般認定・未認定の3群1,890社のうち、両方の資料に値がある法人を指標ごとに使いました。男性の育休取得率は、有報の算定根拠を要素の名前で判定しました。
- 施策の判定: 語の辞書による決定的な規則で、記載の有無を0か1で判定しました。辞書は作成者が陽性・陰性の文書を読んで3回直し、第3版で固定しました。有報のテキストには、定型文を先に除く規則を足しています。
- κ の母集団: 本文の辞書の κ は上場1,560社の値です。対象を上場1,941社に広げても、値はほぼ同じでした。有休の取得促進−0.032、法定を上回る育児休業0.073、テレワーク0.158です。
- 独立した精度確認: 上の5施策について、層別に無作為抽出した451社の文書724件を、辞書の結果を伏せて判定しました。判定は言語モデルを用いて行い、うち無作為の120文書を別系統の言語モデルが独立に判定しました。この120文書での判定者間の一致度 κ は0.77〜1.00でした。迷った項目と食い違った項目は、統一した補足の基準で別に判定し直しました。推定は抽出区分の母数で重み付けし、区間は区分内で法人を復元抽出するブートストラップ(2,000回)で求めました。κ の検証標本は施策ごとに60社です。
- 記載の内訳と κ の上限: 読み直した判定から、同じ法人の二つの資料について重み付きの2×2表を作りました。この表から、「両方にある」「しょくばらぼだけ」「有報だけ」の割合を推定しました。κ の上限は、二つの記載率を固定したときに κ がとりうる最大値です。点推定は、抽出区分の母数で重み付けした標本からの推定値です。上場・両資料の標本で求めた値の区間は、95%事後信用区間です。区間を求めた値は、記載率・内訳・有報にも記載がある割合・κ・κ の上限です。抽出区分ごとに、読み直しの組のセル確率にディリクレ分布(各1/4)の事前分布を置きました。組は、両方・しょくばらぼだけ・有報だけ・どちらもなしです。観測数を加えた事後分布から20,000回引き、母数の比で合成しました。抽出した法人で陽性が0件の区分があると、区分内の復元抽出では区間が狭くなりすぎるため、この方法に替えました。事前分布を各1/2にすると、保育の支援の有報の記載率は4.1〜15.9%になります。有報にも記載がある割合は7.5〜32.7%です。上側の幅は広がります。それでも、しょくばらぼのほうが記載率が高いことは、どちらの事前分布でも変わりませんでした。片方にだけ書かれた法人が両方より多いことも同じです。辞書の精度(感度など)の区間は、区分内の復元抽出によるものです。
- 辞書の主な誤りの型: しょくばらぼの有休の取得促進は「年次有給休暇の時間単位取得制度」のような語順の書き方を取りこぼしていました。残業削減は、育児中の人の残業免除など、削減の取り組みではない記載を拾うことがありました。
出典
- 厚生労働省「職場情報総合サイト(しょくばらぼ)」全件データ(2026年10月8日更新版)。しょくばらぼ
- 金融庁 EDINET API による有価証券報告書(提出会社単体。主に2026年3月期)。EDINET
- 健康経営優良法人2026 認定法人一覧。ACTION!健康経営「認定法人一覧」
集計値のみを掲載し、個社の数値は掲載していません。記載の有無を比べたもので、制度があるか、使われているかを確かめたものではありません。